自己紹介

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中高といじめられて6年間を過ごしましたが、なぜか小中高と12年間皆勤賞。(馬鹿) 36才の時、慢性骨髄性白血病が発覚!(驚) 以来、投薬で現在進行ストップ?中の相棒(白血病)と人生歩んでます。身体がダルい日も結構ありますが、心のバロメータがMAXなら大丈夫(多分) だから、人生楽しんで、最後のときは 「楽しかったぜよ」 と親指を立てて棺に納まるのが最終目標!! だから、ウッキウキワクワク探しの旅を進行中。 ちなみに、名前の「天道志」はてんとう虫がお天道様に向かって飛ぶ事からついた名前なので、お天道様に向かって志を大事にしたいと付けました!! 仲間達に支えられて、生きる喜びを楽しんでます。

2011年3月1日火曜日

人は生きてきたように死ぬ。

ウッキウキです♩

126魂目 いきます♩

本日は、いつもお世話になっております、

人の心に灯をともす

よりです。

いつもありがとうございます。

考えながら生きなければ

ではどーぞ↓



【人は生きてきたように死ぬ】№553


沼野尚美(なおみ)さんの心に響く言葉より…


Mさんは、28歳の若さで末期癌患者となってホスピスに来られました。

当時5歳と3歳の子供さんのお母さんでした。

病室に到着された後、挨拶に伺った私に涙を浮かべて、

「私、どんな姿になっても、子供たちのために生きていてやりたい」

と言われました。


それからの日々、病室で子供たちとの時間を大切に過ごされた彼女でしたが、ある日、訪問した私に初めてこんな弱音を吐かれました。

「私、もうダメだわ」

淋しそうにいわれたその言葉に対して「どうしてそう思うの?」と問うと、

「だって体の中から力が出てこないんですもの。

自分の体でわかるわ。

もうあまり長くは生きられないと思う」

と言われ、レターセットを買ってきてほしいと頼まれたのです。


翌日、レターセットを手渡すと、彼女はその日から、少しずつ子供たちに宛てて手紙を書き出されました。

5歳の長男が、小学校に入学する日まで生きられないと思った彼女は、まず長男への手紙を書きました。


しょうがっこうに、にゅうがくした

さとしくんへ

おめでとう。

おかあさんは、さとしががっこうへいくすがたを、

ちゃんとおそらから、みていますよ…


ひらがなばかりで書かれた手紙でした。

小学生になった長男を、どんなに誇りに思うかという彼女の気持が込められていました。


彼女は次に、中学生になった長男を想像して手紙を書きました。

「しばらく、ご無沙汰をしていました」と書き始められた手紙は、ユーモアも込められていて、漢字も使われた手紙でした。


高校生になった長男へ宛てられた手紙は、大人としての文体で書かれ、所々に涙の跡が見られました。

まだ5歳の息子の姿を見ながら、高校生になる姿を想像することは、どんなに辛かったことでしょう。


家族に内緒で書かれた手紙は、亡くなる前にご主人の手に渡されました。

そのとき、彼女はこう言ったそうです。


「今までありがとう。

あなたと結婚できて幸せでした…。

あなたはまだ30歳。

だから私がいなくなった後、いい方が現われたら再婚してください。

子供たちを大切にしてくださる方だったら、私は天から祝福します。

しかし、こんなに早く旅立つことになって、子供たちに十分に愛を注げなかったことが残念でなりません。

それで子供たちへの手紙を書きました。

子供たちの成長に合わせて一通ずつ渡してくださいませんか。

私の姿が消えても子供たちへの愛は残せると思いました。

これからも愛されているこを知るならば、子供たちはどんなことがあっても、真っ直ぐに生きていくことができるでしょう。

だから、愛されていることを感じさせてやりたいのです」

『癒されて旅立ちたい』校成出版社



沼野尚美さんは、アメリカの大学で心理学を学び、病院チャンプレンとカウンセラーを兼務している。

チャンプレンとは、教会に属さないで、施設や組織で働く聖職者のことだ。

ホスピスは、緩和ケア病棟ともいい、末期の癌患者さんを専門スタッフがサポートし、安らかな死を迎えてもらうための施設だ。


安岡正篤師の言葉に、「人生五計」(宋の朱新仲)がある。

どんなふうに生きるかという「生計」、社会での身の立て方という「身計」、家庭生活や家でのやりくりという「家計」、どんなふうに老いるかという「老計」、そして最後に「死計」がある。


「死計」とは、自分はどんなふうに死にたいのか、という計だ。

いかに死ぬべきかは、いかに生きるべきかと同義語だ。


『人は生きてきたように死ぬ』(沼野尚美)

死ぬときに、多くの人から惜しまれて亡くなるのか、それとも、「やっと死んでくれた」とばかりに厄介者扱いされて死ぬのか、それは生きているときの行動による。

いくら、「最後だけは格好よく死にたい」、と思っても、今までの生き様(ざま)が死に様となるのだから、死ぬときだけ急に変わることはできない。


『あなたが虚しく過ごしたきょうという日は

きのう死んでいったものが

あれほど生きたいと願ったあした』 (カシコギ)


少しでも長く、一秒でも長く生きたかった人たちは大勢いる。

今、生かされている有り難さに感謝し、今、この瞬間を大切に生きたい。



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